Cants Magics

わたしの指で わたしの心で 魔法の歌を 奏でたい ―― 素人ピアノ弾きの綴るピアノに関するあれこれ
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いっぱいいっぱい
お陰さまでネットを通じてたくさんのピアノ友達ができて、色々なところからオフ会のお誘いを受けるようになりました。そのお誘いを見境もなく受けていたら、いつの間にか演奏予定曲がえらいことになっていました。

現時点で、私が人前で演奏する予定の曲はこれだけあります。
ドビュッシー:『小組曲』より「行列」(1台4手) 6/24終了!
ドビュッシー:『小組曲』より「バレエ」(1台4手) 6/24終了!
モンポウ:歌と踊り第5番
グリーグ:トロルドハウゲンの婚礼の日
フォーレ:『ドリー組曲』より「ドリーの庭」(1台4手)
シャブリエ:『3つのロマンティックなワルツ』より「I. ニ長調」(1台4手)
ヘンデル:アリアと変奏《調子のよい鍛冶屋》 Var.V
久石譲:鳥の人(『風の谷のナウシカ』より)(1台4手)
ドビュッシー:仮面
ドビュッシー:『映像第1集』より「運動」(予定)
ショパン:スケルツォ第3番
プーランク:シテール島への船出(2台4手)
ドビュッシー:『白と黒で』より「1. 激しく」(2台4手)
曲の長さ・難易度に差はありますが、全部で13曲。そのうち、8月までに弾く予定なのが10曲です。まぁ、うち2曲は明日弾くので実質8曲なのですが、自分でも書き出してみてびっくりしました。むしろ、引きました。

このうち、8月の発表会で弾くモンポウとグリーグをレッスンで先生に見てもらうことにしました。11月に弾くショパンのスケルツォは教室の発表会で弾く曲なので、問答無用で見てもらう予定です。

現在はモンポウの「歌と踊り第5番」のレッスンを受けています。そこまで難しい曲ではないし、自分ではそれなりに弾けてきたつもりだったのですが、今日レッスンに行ったら先生に「まだまだ人前には出せない」と言われてしまいました …実は先々週既に人前で弾いてしまったんですけどね。確かに人前に出す出来ではなかったので、先生のおっしゃる通りだったんですが。グリーグも練習はしていますが、まだ「何となく弾けている」程度です。レッスンに持って行ったらどうなるのか、今から怖くてたまりません

しかも!スケルツォの方も「8月末までには弾けるようにしておきます!」と宣言したら、「いや、弾くだけじゃなく、暗譜して表情もつけなきゃダメよ~」とカウンターパンチを食らってしまいました
発表会の曲の合間に練習して、8月の発表会が終わってから猛練習して、果たして間に合うのだろうか…。私の過密スケジュールを知ってか知らずか、先生に「あまりたくさんの曲を抱えすぎても駄目よ。ひとつひとつの完成度が落ちちゃうから…。だから、ピアノのイベントもちゃんと選んで出るようにね」と釘をさされてしまいました。

6月の晴れた日、完成度を問われないオフ会は先生に黙って出ようと固く誓ったのでした。
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2007/06/23 Sat | ピアノ雑談 | トラックバック(0) | コメント(6) |permalink
今までのレッスンを振り返る(学生時代編)
子供の頃はずっと、同じ団地に住むピアノの上手なお姉さんに教わっていました。私が小1のときにちょうど短大を卒業したばかりで、別の学校(大学?)に進んでピアノを続けていたところでした。どこかの教室でピアノを教えていたらしいので、母が頼んでみたところ、先生のご自宅で教えていただけることになりました。徒歩1分以内で行けるピアノ教室です。

レッスンは毎週1時間。オーソドックスにバイエルから始まり、その後ブルグミュラー・ツェルニーと進み、途中からハノンが加わり、小学校の高学年辺りからは
ハノン
練習曲(ツェルニー・クラーマー=ビューロー)
古典(ソナチネ・ソナタなど)
名曲集 or ロマン派・近代の曲集
聴音
と固定されてきました。ちなみに私は絶対音感があるのですが(両親・妹にはない)、レッスンで聴音をやっていたお陰かなーと思っています。

当時20歳だった先生はとても優しくて、私はほとんど怒られた記憶がありません。ハノンやツェルニーなんて明らかに練習してないのがバレバレなのに、何も言わずに見てくださいました。ただ、やる気のなさはバレていたのか、基本的な曲集(例:バッハのインヴェンション)などには進まず、比較的私の弾きたい曲を尊重してくれました。

◆転機その1
レッスンを始めた頃は本当にレッスンが嫌いで、わざと友達と遊んでレッスンをサボろうとしたこともありました(その度に母に怒られるのですが)。しかし、「エリーゼのために」など有名な曲を弾けるようになってからどんどん面白くなり、自分の好きな曲を弾くために進んで練習するようになりました。1度目の転機です。この頃に弾いたのは「乙女の祈り」「ベニスの舟歌」「アルプスの夕映え」など。発表会で弾く曲を自分で選んだのも、中1で弾いた「花の歌」が初めてでした。

◆転機その2
2度目の転機は、その「花の歌」を弾いた発表会で訪れました。その発表会で私と同学年の女の子が、シューベルトの「即興曲 Op.90-2」を完璧に弾いていたのです。ショックを受けた私は、「発表会では、難易度が高くて演奏会映えする曲が弾きたい!」と決意し、次の発表会ではショパンの「華麗なる大円舞曲」を選んだのでした。今考えると、本当にそのとき「華麗なる円舞曲」を弾けていたのか非常に怪しいですのですが、当時弾けなくて挫折したという記憶はないので、それなりに弾きこなせたのでしょう。ただ、私が「華麗なる大円舞曲」を弾いたとき、件の女の子は「幻想即興曲」をそれはそれは見事に弾いていたんですけどね…。
ちなみに、演奏の参考にと先生からクラウディオ・アラウ演奏の「ショパン ワルツ集」を借りた私は、その魅力に取りつかれ、その後ショパンのワルツを14番までレッスンしてもらったのでした。今でもワルツ第2番「華麗なる円舞曲」は得意です♪

◆転機その3
高1くらいのときでしょうか。ショパンのワルツ集が終わったあと、先生からドビュッシーの『子供の領分』を勧められました。当時私はドビュッシーの曲といえば「2つのアラベスク」しか弾いたことがなく、近代物もほとんど弾いたことがなかったので、正直『子供の領分』はどう弾いていいかわかりませんでした。そんなとき先生が貸してくださったのが、アレクシス・ワイセンベルク演奏の「ドビュッシー名曲集」でした。このCDが、私とドビュッシーとの運命的な出会いでした。CDには『子供の領分』の他に『ベルガマスク組曲』『版画』も収録されていたのですが、『版画』「塔」の東洋的な不思議な響きに一発でKOされ、ドビュッシーのトリコになってしまったのです。そして私はまた、「発表会で『版画』から何か弾きたい」と先生に直訴しました(笑)。その結果選んだのが「雨の庭」でした。高2のときの発表会でした。この曲も夢中になって練習したせいか、今でも貴重なレパートリーのひとつです。
ドビュッシーマニアとなった今では、『子供の領分』がものすごく難しい曲集だということがよく理解できます。今こそもう一度『子供の領分』をやり直してみたいな、なんて思ったりも。

◆中断...
高3になり、受験勉強のためピアノを練習する時間が取れなくなってきました。この頃から、高校で一旦ピアノのレッスンを辞めることを考え始めました。ただ、発表会は毎年5月頃に行われていたので、受験が終わった後の発表会も一応出ることにしていました。
最後の発表会は、先生に選んでもらったシューマンの「ソナタ第2番 第1楽章」を弾くことにしました。例年より早く練習し始めたにも関わらず、ほとんど練習できなくて、しかも受験が終わった後や大学に入学した後はピアノのことなど忘れて遊び回ってしまったため、曲は全く完成に至りませんでした。12回目の発表会にして初めての視奏。しかも、譜読みも怪しいぐらいの出来でした。練習しなかったのが悪いとはいえ、発表会を得意としていた自分にとってかなり悔いの残るものでした。こうして、私のピアノレッスン生活はひとまず幕を下ろしました。

レッスンを始めた頃6歳だった私も28歳になりました。先生はもう40歳を超えているはずです。でも、私の記憶の中には若い先生の姿しかないので、先生の今の姿が想像できません。ピアノを再開して少しだけ上達した演奏を、先生に聴いていただきたい気もします。
2007/06/23 Sat | ピアノとわたし | トラックバック(0) | コメント(4) |permalink
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