Cants Magics

わたしの指で わたしの心で 魔法の歌を 奏でたい ―― 素人ピアノ弾きの綴るピアノに関するあれこれ
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乗り越えた…のか?
そもそも、私はどうして「スケルツォ第3番」を弾きたいと思ったんだろう。

去年「水の反映」を発表会曲に選んだときは、明確な意思がありました。不思議だけど絶妙なバランスで並べられた最高に綺麗な和音・カデンツァのような華やかなアルペジオを自分の手で奏でたい。そしてそれが叶ったとき、この美しい曲をたくさんの人に聴いてほしいと思ったのです。特にお子様方は、ドビュッシーの曲なんてそう聴いたことないでしょうし。

それじゃあ、今年のスケ3は?
ラヴェルの「水の戯れ」や「ソナチネ」、リストの「ため息」などの候補を蹴ってまでも弾きたいと主張したスケ3。そこまで入れ込んでいたはずなのに、私は「早く弾けるようにならなきゃ。発表会に間に合わせなきゃ」と焦るばかりで、最後まで通して弾けるようになっても何の感慨もありませんでした。

自分を追い詰めながら練習するピアノは、ちっとも楽しくありませんでした。指が動かなくてイライラ、次の音が分からなくてイライラ。全然進まない。全然弾けるようにならない。どうしよう、間に合わないかもしれない。嫌だ、弾きたくない。

そんなとき、ふと思いました。

…どうして苦しみながらピアノを弾いてるの?

元々は楽しいからピアノを弾いてたんだよね?そして、もっと上手に弾けるようになりたいからレッスンを再開したんだよね?ピアノを弾くことが好きならば、つらいことがあってもそれを楽しめるはず。そう、忘れていました。ピアノは楽しく弾くものだ!

そんな風に考え直したら、
「そういえば私、あの憧れのスケ3を弾けるようになってるじゃん!」
と、初心に帰って純粋な喜びを感じられるようになりました。そして、滞り気味だった練習も少しずつ進み始めたのです。

このところいろいろあって、「げにこの世はせちがらい」みたいなことばかり考えていたのですが、ある日そんな心境でスケ3を弾いていたら、「激しい感情の吐露と、それを包み込むような救済」というイメージがふと頭に浮かびました。しかも、あるフレーズが見事にヒットしてしまい、弾きながら思わず泣きそうになってしまいました。この感触は、曲が自分の手の内に入ったということ。スケ3でもやっとこの境地に達することができました。こうなればこっちのものです。

主観的な手ごたえを感じたら、次はそれを客観的に判断する番です。久方ぶりに演奏を録音してチェックしました。録音の結果は、さっきの手ごたえは何だったんだと思えるほどのひどい出来…。先ほど弾きながら感動したフレーズ、ただぶっ叩いてるだけやん!(#゚Д゚) …でもでも、この繰り返しで曲はゆっくり熟成されていくのです。そうですそのはずです。誰かそうだと言ってください(号泣)

ただ収穫だったのは、今回十分に表情をつけた演奏が、前回ただ速く弾くことだけを考えた演奏と変わらない長さになったことです。しかも、前回の演奏はミスや弾き直しをカット済。少しは上達したと考えていいのかな。


以下は自分用の注意点メモです。細かいことしか書いていないので、興味がある方のみご覧ください。


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2007/10/05 Fri | ピアノ雑談 | トラックバック(0) | コメント(4) |permalink
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